

福岡県筑紫野市は、古くから大宰府の官人や歌人たちが往来し、その豊かな自然や人々の営みが『万葉集』に数多く詠み込まれた「筑紫歌壇」の重要な舞台です。
ここには、亡き妻を想い「次田(すいた)の湯(現在の二日市温泉)」で涙した大伴旅人の歌をはじめ、古代の人々の情熱や風景を今に伝える万葉歌碑が点在しています。
しかし、これらの貴重な文化遺産は、これまでその真の魅力が十分に発信しきれていませんでした。 そこで本プロジェクトでは、1300年の歴史を持つ「万葉の心」を現代の視点で再定義します。
万葉歌碑を起点に、地域の食、温泉、そして歴史が溶け合う「筑紫野ならではの滞在」を、ぜひ体感してください。
万葉歌碑めぐりのお知らせ
MANYO NEWS
古代の人々の情熱や風景を今に伝える
万葉歌碑
1
湯の原に 鳴く葦田鶴は わがごとく 妹に恋ふれや 時わずか鳴く
▼
(大伴旅人 『万葉集』巻15・3713)
現代語訳
湯の原(現在の二日市温泉)で鳴いている鶴は、私と同じように、亡くなった妻を恋しく思っているのだろうか。時も選ばず、ずっと鳴き続けていることよ。
歴史的背景とストーリー
この歌を詠んだ大伴旅人は、神亀年間に大宰府の長官(帥)として筑紫の地に赴任しました。しかし、着任して間もなく最愛の妻・大伴郎女を亡くすという深い悲しみに見舞われます。
当時、万葉集にも「次田(すいた)の湯」として詠まれた二日市温泉は、官人たちが心身を癒やす場所でした。旅人がこの地を訪れた際、温泉地に響き渡る鶴の鳴き声が、まるで亡き妻を慕って泣き続ける自分自身の心の叫びのように聞こえたのです。
●
筑紫野市湯町2丁目
パープルホテル前
2
月夜よし 河音さやけし いざここに 行くもゆかぬも 遊びてゆかむ
▼
(大伴四綱 『万葉集』巻6・955)
現代語訳
月夜は素晴らしく、川の音も清らかに響いている。さあ、ここで行く人も行かない人も、みんな一緒に心ゆくまで宴(あそび)を楽しもうではないか。
歴史的背景とストーリー
大伴四綱(おおとものよつな)は大宰府の役人(大監)であり、大伴旅人らと共に「筑紫歌壇」を彩った主要な歌人の一人です。
この歌は、役人たちが公務の合間に、自然豊かな水辺で月を愛でながら宴を開いた際に詠まれました。当時の官人たちが、筑紫野の美しい夜景に心を開き、身分や立場を超えて風流を楽しんでいた様子が目に浮かぶような、明るく開放的な歌です。
●
筑紫野市阿志岐
御笠グラウンド入口
3
唐人の 衣染むとふ 紫の 情に染みて 思ほゆるかも
▼
(大典麻田連陽春 『万葉集』巻15・3701)
現代語訳
唐の人(渡来人)が衣を染めるという、あの高貴で鮮やかな「紫」のように、私の心に深く染み入って、あなたのことが想われてならない。
歴史的背景とストーリー
作者の大典麻田連陽春(だいてん あさだのむらじ やすはる)は、大宰府の役人(大典)でした 。 この歌は、筑紫野の地名「紫」のルーツを物語るものとして大切にされています。当時、この周辺には染料となる「ムラサキ」が自生しており、その美しい発色は大陸(唐)の技術を思わせるほど見事なものでした。 単に色を愛でるだけでなく、自分の恋心を「染み入る色」に例えた、官能的で洗練された万葉の恋歌です。
●
筑紫野市吉木
消防倉庫前
4
をみなへし秋萩交じる蘆城野は今日を始めて万代に見む
▼
(作者不詳 『万葉集』巻10・2115)
現代語訳
女郎花(おみなえし)と秋の萩が咲き乱れるこの蘆城野の風景を、今日という日を始まりとして、これから先、幾代までも末永く眺めていたいものだ。
歴史的背景とストーリー
「蘆城野(あしきの)」とは、現在の筑紫野市阿志岐から吉木にかけて広がっていた野原の古称です 。この歌は、秋の草花が美しく彩る広大な野の景色に感動し、その永遠の繁栄と美しさを願って詠まれました。 作者は不明ですが、この地を訪れた貴人や官人が、あまりの景色の素晴らしさに思わず筆をとった情景が目に浮かびます。「今日を始めて」という言葉からは、新しい発見への喜びと、この土地への深い愛着が感じられます。
●
筑紫野市吉木
吉木小学校校庭
5
橘の 花散る里の ほととぎす 片恋しつつ 鳴く日しそ多き
▼
(大伴旅人 『万葉集』巻8・1473)
現代語訳
橘の花が香り、散っていくこの里で鳴くほととぎすよ。お前は(私と同じように)亡き人を一途に恋い慕って鳴いている、そんな日があまりにも多いことよ。
歴史的背景とストーリー
作者の大伴旅人は、大宰府の長官として赴任直後に最愛の妻を失いました 。この歌は、初夏の象徴である「橘の花」と、初夏の訪れを告げる鳥「ほととぎす」に寄せ、癒えることのない妻への孤独な「片恋(一方的な想い)」を詠んだものです 。 1300年前の筑紫野の初夏の風景の中に、旅人の切ない溜息が溶け込んでいるかのような、叙情あふれる名歌です。
●
筑紫野市上古賀1丁目
文化会館前
6
今よりは 城山道は さぶしけむ 我が通はむと 思ひしものを
▼
(葛井大成 『万葉集』巻6・968)
現代語訳
これからは、あの城山(基山)へと続く道も寂しくなってしまうことだろう。私自身も、もっと(あなたのもとへ)通おうと思っていたのに。
歴史的背景とストーリー
作者の葛井大成(ふじいの おおなり)は、大宰府の役人でした。この歌は、親しかった友人である大伴旅人が大宰府での任を終え、都(平城京)へ帰る際に贈られた別れの歌(惜別の歌)です。 「城山」とは、現在の筑紫野市と佐賀県基山町にまたがる「基山(きざん)」を指します。旅人がいた大宰府と、四王寺山や基山といった防衛の拠点(城)を結ぶ道は、官人たちが頻繁に行き来した場所でした。友がいなくなる寂しさを、通い慣れた道の風景に託して詠んだ、友情に満ちた作品です。
●
筑紫野市山口
九州自然歩道基山コース沿い
7
梅の花 散らくはいづく しかすがに この城の山に 雪は降りつつ
▼
(伴氏百代 『万葉集』巻6・965)
現代語訳
梅の花が散っているのは、一体どこなのだろうか。そうは言っても、やはりこの城山(基山)には、しきりに雪が降り続いていることだよ。
歴史的背景とストーリー
作者の伴氏百代(とものうじの ももよ)は大宰府の役人でした。 この歌は、大伴旅人の邸宅で開かれた有名な「梅花の宴」に関連して、あるいはその前後の時期に、当時の防衛拠点であった「城山(基山)」に登った際に詠まれたものと考えられています。 眼下に広がる梅の花かと思えば、実は山に降る雪であった…という、視覚的な錯覚を用いた繊細な表現が特徴です。厳しい寒さの中にも、春の訪れを予感させる梅への愛着が感じられる一首です。
●
筑紫野市山口
山神ダム公園内
8
珠匣 蘆城の川を 今日見ては 萬代までに 忘らえめやもつ
▼
(作者不詳 『万葉集』巻6・961)
現代語訳
(腕輪のように美しい)蘆城の川を今日こうして眺めたからには、遠い未来、一万年の後までも決して忘れることなどあるだろうか。いいえ、決して忘れはしない。
歴史的背景とストーリー
「珠匣(たまくしろ)」は「蘆(あし)」にかかる枕詞であり、腕輪のように美しい景観を象徴しています。 この歌は、当時の官人たちが「蘆城野(あしきの)」を流れる川の清らかさに心を打たれ、その感動を永遠に刻みつけようとして詠まれたものです 。作者は不明ですが、この地を離れる際や、大切な節目にこの景色を仰ぎ見た人物の、並々ならぬ決意と情愛が伝わってきます。
●
筑紫野市阿志岐
大宮司橋近く三叉路
9
ほととぎす 来鳴き響もす 卯の花の 共にや来しと 問はましものを
▼
(石上堅魚 『万葉集』巻10・1953)
現代語訳
ほととぎすがやって来て、あたり一面に声を響かせている。そのほととぎすに、「(白く美しい)卯の花と一緒に来たのですか?」と問いかけてみたいものだ。
歴史的背景とストーリー
作者の石上堅魚(いそのかみの かたうお)は、大伴旅人が帥(そち)を務めていた当時の大宰府の役人でした。 「卯の花(ウツギ)」と「ほととぎす」は、万葉集において初夏の訪れを象徴する最高の組み合わせとされています。卯の花の白さと、ほととぎすの鳴き声が共鳴する情景を、擬人化のような優しい視点で捉えた、非常に風流で知的な作品です。当時の官人たちが、筑紫野の豊かな四季の移ろいをいかに繊細に楽しんでいたかが伝わってきます。
●
筑紫野市山口
天拝湖畔
10
しらぬひ 筑紫の綿は 身につけて いまだは著ねど 暖かに見ゆ
▼
(沙弥満誓 『万葉集』巻3・336)
現代語訳
筑紫の特産である綿は、まだ実際に身につけて着てみたわけではないけれど、(そのふわふわとした白さを見ているだけで)いかにも暖かそうに見えることよ。
歴史的背景とストーリー
作者の沙弥満誓(さみ まんせい)は、もとは高官(笠麻呂)でしたが、出家して大宰府の観世音寺の造営に携わった人物です 。大伴旅人らと共に「筑紫歌壇」を形成した主要メンバーの一人でもあります。 この歌は、当時、筑紫の地で盛んに生産されていた「綿」を題材にしています 。実際に着る前の「見た目の暖かさ」に注目した描写からは、満誓の穏やかで繊細な感性と、赴任地である筑紫の豊かさに対する温かな眼差しが感じられます。
●
筑紫野市山口
天拝湖畔ゲート前
歴史と文化を巡る旅
専門ガイドがご案内
- 二日市温泉編
- Coming Soon
モデルコース
JR二日市駅西口でガイドと合流
JR二日市駅西口でガイドと合流し、二日市温泉の万葉歌碑2箇所を巡ります。軽食を味わい、お土産選びも楽しめる歴史散策のスタートです。

二日市温泉万葉歌碑巡り(2箇所)
当時の歴史的背景や、歌に込められた思い等、専門ガイドならではの詳しいご案内で、時間を超えた感動を味わうことができます。

つくしちゃんカフェへご案内(自由行動)
市の公式キャラクター「つくしちゃん」をモチーフにした癒やしの空間。筑紫野市のお土産や、お食事・スイーツを楽しめます。


二日市温泉にて解散
ご希望の方は、そのまま温泉入浴も可能です。
参加費用:2名様の場合
※人数が多くなる場合は、ご相談ください。
おひとり様
5,000
yen
お申し込み・お問い合わせは、筑紫野市観光協会
風土に寄り添い、想いを遺す。
句碑・歌碑
11
つくしにも紫生ふる 野辺はあれど なき名悲しむ 人ぞ聞えぬ
▼
(菅原道真)
現代語訳
筑紫の地にも紫草が生えている野辺はあるけれど、私の不遇な名を悲しんでくれる人の噂は、どこからも聞こえてこないことだ。
歴史的背景とストーリー
菅原道真公が大宰府に左遷された際、孤独な境遇を詠んだ歌です。この歌の「紫」は、現在の筑紫野市の地名「紫」の由来の一つとも伝えられています。
●
筑紫野市紫2丁目
西鉄紫駅上り口前
12
離家三四月 落淚百千行 万事皆如夢 時々仰彼蒼
▼
(菅原道真)
現代語訳
家を離れて三、四ヶ月。幾千もの涙が流れる。全ては夢のようであり、今はただ蒼天を仰いで運命を思うばかりだ。
歴史的背景とストーリー
道真公が天拝山に登り、無実を天に訴えた「祭天」伝説に関連する五言絶句です。
●
筑紫野市武蔵
天拝公園 天神館の藤前
13
ゆのはらに あそふあしたつ こととはむ なれこそしらめ ちよのいにしへ
▼
(三条実美)
現代語訳
湯の原(二日市温泉)の鶴に尋ねてみたい。おまえたちなら知っているだろう、千年の昔の出来事を。
歴史的背景とストーリー
幕末、大宰府に下向した「五卿」の一人、三条実美の詠です。悠久の歴史を持つ温泉地の景色に、かつての御世への想いを馳せています。
●
筑紫野市湯町1丁目
大丸別荘裏玄関
14
藤なみのはなになれつつみやひとのむかしのいろにそてをそめけり
▼
(東久世通禧)
現代語訳
藤の花を愛でながら、昔の宮廷人のようにその色で袖を染めてみたいものだ。
歴史的背景とストーリー
五卿の一人、東久世通禧の詠。武蔵寺の「長者の藤」を愛で、歴史ある趣に心を寄せた作品です。
●
筑紫野市武蔵
武蔵寺前
15
しもかれのおはながそてに まぬかれてとひこしやとは わすれかねつも
▼
(東久世通禧)
現代語訳
ススキに招かれて訪れたこの宿のことは、いつまでも忘れられない思い出だ。
歴史的背景とストーリー
筑紫野の冬の風景と、もてなしを受けた宿でのひとときを詠んだ歌です。
●
筑紫野市武蔵2丁目
八ノ隈池奥
16
けふここに湯あみをすれば むらきもの こころのあかも のこらざりけり
▼
(三条西季知)
現代語訳
今日、ここで湯浴みをすれば、心の垢さえも残らないほど清々しい。
歴史的背景とストーリー
五卿の一人。二日市温泉での休息が彼の心を癒やした様子が伝わります。
●
筑紫野市湯町3丁目
東峰マンション二日市Ⅱ前
17
ひとならぬ くさきにさへもわするなよ わすれしとのみ いはれけるかな
▼
(三条西季知)
現代語訳
人でない草木でさえ私を忘れないでほしい。「忘れられた」と言われるのは悲しいことだから。
歴史的背景とストーリー
五卿の孤独感を草木に託して詠んでいます。
●
筑紫野市武蔵3丁目
武蔵公民館先三叉路
18
ゆうまくれ しろきはゆきか それならてつきのすみかのかきのうのはな
▼
(壬生基修)
現代語訳
夕暮れ、白く見えるのは雪か。月の垣根に咲いた卯の花であったよ。
歴史的背景とストーリー
五卿の一人、壬生基修の雅な一首。二日市の情景を月世界に見立てて詠んでいます。
●
筑紫野市武蔵1丁目
武蔵寺下 帆足商店前
19
青山白水映紅楓 楽夫天命復何疑
▼
(四条隆謌)
現代語訳
青い山と澄んだ水が楓に映える。天命を楽しみ何の疑いもない。
歴史的背景とストーリー
四条隆謌の漢詩。強い使命感と天拝山の美しさが重なります。
●
筑紫野市武蔵
天拝公園 池上池畔
20
此山にのぼりし君が 古へを思へばかなし 見れば尊し
▼
(松尾光淑)
現代語訳
道真公の昔を思えば悲しく、その心は仰ぎ見るほど尊い。
歴史的背景とストーリー
神官の松尾光淑が、道真公を偲んで詠んだ歌です。
●
筑紫野市武蔵
天拝山登山口 鳥居
21
鶯や破るる夢も惜しからす/温泉に通ふ下駄と雲雀の声高し
▼
(立花秋水)
現代語訳
夢も惜しくはない。温泉へ向かう下駄の音と雲雀の声が心地よい。
歴史的背景とストーリー
春の二日市温泉ののどかな風景を詠んだ句です。
●
筑紫野市武蔵2丁目 アラスカ入口付近
22
謝人贈魚
▼
(原采蘋)
現代語訳
贈られた魚への感謝を記す。
歴史的背景とストーリー
女流漢詩人、原采蘋が山家宿を訪れた際の交流を記した碑です。
●
筑紫野市山家 山家宿西溝口跡
23
更衣したる 筑紫の旅の宿
▼
(高濱虛子)
現代語訳
筑紫の旅の宿で夏服に着替えたことよ。
歴史的背景とストーリー
昭和30年、俳人・高濱虚子が二日市温泉の玉泉館を訪れた際の句です。
●
筑紫野市湯町2丁目 玉泉館前庭
24
温泉の宿の朝日の軒の 照紅葉(他一首)
▼
(高濱年尾・稲畑汀子)
現代語訳
軒の朝日が紅葉を美しく照らしている。梅の宿を想う心が続く限り。
歴史的背景とストーリー
高濱虚子の息子・年尾と孫の汀子による親子二代の碑です。
●
筑紫野市湯町2丁目 玉泉館中庭
25
温泉のまちや 踊ると見えて さんざめく
▼
(夏目漱石)
現代語訳
温泉の町は踊っているかのように賑やかにざわめいている。
歴史的背景とストーリー
夏目漱石が新婚旅行で二日市温泉を訪れた際の句です。
●
筑紫野市湯町2丁目 御前湯正面玄関前
26
筑紫の天拝山のいただきに 巨いなる鳥の飛びたちかぬるすがたして・・・
▼
(安西均)
現代語訳
天拝山の山頂に巨大な鳥が飛び立とうとしているかのような荘厳な姿が見える。
歴史的背景とストーリー
筑紫野市出身の現代詩人・安西均の詩碑です。
●
筑紫野市二日市南1丁目 市民図書館前庭
27
千年の樹齢を保ち いや増しに秀出る是れの椿を仰ぐ
▼
(田口白汀)
現代語訳
千年生命を保つ椿を仰ぎ見る。
歴史的背景とストーリー
書家・田口白汀による碑。寺の歴史と生命力への敬意が表現されています。
●
筑紫野市武蔵 武蔵寺境内
28
山ぢゃ天拝月見の名所 梅ちゃ太宰府天満宮・・・
▼
(野口雨情)
現代語訳
山は天拝山、梅は大宰府天満宮。
歴史的背景とストーリー
野口雨情が筑紫野の名所を描いています。
●
筑紫野市二日市中央1丁目 JR二日市駅前広場内
29
むさし温泉湯町音頭
▼
(福田正夫)
現代語訳
(音頭のため省略)
歴史的背景とストーリー
温泉地の賑わいを象徴する音頭を記念した碑です。
●
筑紫野市武蔵 天祥公園 池上池下


